俺の余裕の笑みをみて、副会長は笑顔で立ち去って行った。
本当は、まったく余裕じゃねえ。
今日は第2回目の会議。
過去の資料を見る限り、会議は毎年1,2回しか行わないものらしい。
というか今更ながらの資料上洛である。もっとテキパキ動けよ。
今日ですべてのことを決めなくてはならないということ。
本番はもう今週末。
会長が来ないことを口にすると、明らかな落胆が伝わってきた。
会長がいかに偉大であるのかをひしひしと肌で感じる。やはり、俺だけでは不安なのだろう。
俺の仕事は、右も左もわからない新入生に、どんな仕事をするのかを説明するだけだった。
右も左も手探りの中、そうするだけで精いっぱいだった。
世の中には努力はした、一生懸命やった、といって評価してもらいたがるどこぞの国の首相が
使いたがりそうな詭弁がまかり通っているが、別にそういうことを言いたいわけではない。トラスト・ミー
しかし、先輩の委員からはよく知ってる、ちゃんと勉強している、と好意的に評価してもらえたのは嬉しいことだ。
かくして、今年のオリジナル競技は中に人の入った大玉転がし、スーパー障害物競走、
そして、水風船カゴ入れに決定。
お茶会メンバーで考えた案も選ばれ、それが少し誇らしくもあった。
会議後、監督生室で白ちゃんがお菓子の乗った皿を、机の上に置いた。
花を模した和菓子で、「かわいいね」とつぶやいたら、
東儀先輩に、「今のは、かわいいね、の前に主語をつけたほうがいい」
本気だ。本気の目だ。このままではやられるっ!
「勘違いをされるような言い方は、軋轢を生む。」会長の弁は図星であった。
会議では班分けとオリジナル競技を決めたが、宿題もたっぷりと貰ってきた。
副会長と遅くまで残っていたが、おかげで仕事はけっこう進んだ。
もう体育祭まで時間はない。死ぬ気でがんばろう。
見てるだけってのも申し訳なくて点数表示用の看板を塗っていたら、
女風呂突入した割に真面目だね。なんてことを今更ながらに突っ込まれる。
嫌な枕詞だな、おい。会長に、仕組まれているんだ!
人生の暗雲は晴れるどころかますます辛気臭くたちこめている。
部員やら部費に困窮していていまいち反応が薄い美術部長にパンフレットの挿絵の交渉をしてみる。
このあたりは処世術で身に付けたテクニックを駆使することでなんとか成立する。
自分の渡り鳥のような履歴が初めて行かされた瞬間だ。
あとはプログラム冊子の誤植を直せば、一段落だ。
体育祭までもう3日しかないしラストスパートだ。
教卓の上には、実行委員の作った冊子が載っている。
自分が手がけた物が配られる、というのはこんなにドキドキするものなのか。
委員長はずっと本部待機。種目には出ない。
今までたくさんの体育大会を経験した、とは言ったものの、実行委員(というか学生)が
全く競技に参加できないというのは聞いたことがない。
それも、実行委員長のみそうっぽい。
副会長が言うには、みんなに楽し学院生活を送ってもらうのが私たちの役目だとか。
その意見には全面的に賛成であるが、やはり自分で企画した行事に自分が参加できないというのは
なんとなくさみしいものである。
クラスの競技参加者を募った。
100m走は各クラスの強豪が出揃うため敬遠されがちだと思ったのだが、
以外にも紅瀬さんが名乗りを上げた。
寧ろ、強い人ばかりなら負けても誰も何も言わないし、一瞬で終わるから気が楽なんだそうだ。
クールビューティ紅瀬さんの考え方も一理あると思わず感心してしまう。
司も同調して男子代表を引き受けた。
だが、この二人なら本気出さなくても勝てるんじゃないか。
自分の周りには変な人が多い。多すぎる。まともなのは陽菜と白ちゃんくらいのものじゃないか。
これは、あれだろうか。普通を求めようとするあまり、
却ってそれに憧れる異常者を引きつけてしまっている状況なのだろうか。
放課後、監督生室でたまたま東儀先輩と二人きりになった。
会長と二人きりだと貞操の危機がせまるのだが、相手に救われた。
シ○コンと二人きりというシチュエーションはおいしくはないが、別に鳥肌が立つようなおぞましいものでもない。
東儀先輩にお茶を淹れたのだが、いつも白ちゃんがやっているようにうまくはいかない。
お茶の淹れ方を含め、白ちゃんに礼儀作法一通りは教えているらしい。
シ○コンもここまで来ると恐れ入る。
副会長と白ちゃんが戻ってきたところで4人で食堂へ。
このメンバーで行くというのも珍しいものだ。
明日に備えて栄気を養おう。
倉庫は相変わらず混沌としている。カオスディメンジョンの神でしゅ。
委員の働きのおかげで、予定よりも早く終わることができた。
明日はいよいよ本番。見せてあげよう、体育祭実行委員の力を。
汗臭い体のまま大浴場へ。司にくだらないいたずらをされたが、
もしかしたら彼なりの励ましだったのかもしれない。
自室に戻ると、今度はベランダから悠木姉妹が。
頑張っているから癒しに来てくれたそうだが、そう思ったら寝かせてくれると嬉しいんですが。
なんて思ってるそばから、ベットに倒された。全然癒されねえっ!
・・・なんて思いつつも、かなでさんのマッサージは実際素晴らしかった。
陽菜に特製のホットミルクまで用意してもらった。
騒がしかったけど、一気に癒された気がする。
明日はいよいよ体育祭本番だ。しっかり休んで頑張ろう。
グラウンドには多くの体操服姿の生徒の他に、珠津島の住人や父兄もちらほら見える。
俺はもうすぐ始まる開会式を本部のテントで待つ。
さて、開会式が始まり、副理事長の挨拶を迎えていた。
いよいよ選手宣誓。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。こんなの転校の挨拶と変わらないだろ。
指先が、俺の意思とは関係なく震えていた。
最初のセリフ、なんだっけ?
やばい、思い出せない。
そんな時に、ふと会長が、
「いよっ!ミスター女風呂っ!」
仕組まれているんだ!
選手宣誓っ! 俺は、怒りにまかせて叫んだ。
・・・終わった。
敗残兵の帰還の後、副会長からは、よかった。初めてにしては上出来だった。
落ち込む必要なんてないんだから、堂々と座ってなさい。と太鼓判を押された。
もしかしたら、会長も気遣ってくれたのかもしれない。
そんな感傷に浸る間もなく、突然目の前に現れたのは、かなでさんだった。
「はい、これ。」
と言って渡されたのは1本のマイク。実況係の子がトイレに行ったため引き受けたらしいが、
相も変わらず、ヒナちゃんは私の嫁!ばっかり叫んでいて実況になっていない。
だからやって。ということなんだが・・・
俺も実況なぞ経験がない。とりあえず陽菜とデットヒートを繰り広げていた、
我らが副会長様を称えるべく3馬身差をつけてゴーーーーーール!!!!
とか叫んでいたら副会長に殴られた。「私は競走馬か!」
次はいよいよ水風船で死屍累々カゴ入れの開幕である。
「俺のカゴに水風船が入ったことは今まで一度もない。」
今年初の競技なんだから、当たり前だろ。
「私を狙うなんて、非効率ね。」
難度が高そうなのに、それでも追う人数が多い会長と副会長のカゴ。こんなときでも人気者だ。
一方、紅瀬さんは対照的に最小限の動きで、水風船を避けている。
「あっ、あ、また入ってしまいました……」
なぜ白ちゃんがカゴを背負っているのだろう。と思うと、
そこには白ちゃんを庇うように東儀先輩が立ちはだかる。
水風船は一つとして、白ちゃんには届かなくなった。
ちなみに、白ちゃんと東儀先輩は違うチームである。
プロのシス○ンは格が違った。
俺は、それを遠くから見つめている。
できれば参加したかったな。
自分のクラスの様子はというと・・・
陽菜には先ほどの実況が受けたみたいだ。一方かなでさんの実況に対しては、
誰がテメーの嫁になるか、と思っていることだろうが、陽菜は分別ある大人なので
そのことについては口に出さない。
副会長が1位で陽菜は2位。上出来なのだが、
千堂さんが出ると思って早い人が避けたんじゃないかな?と謙遜するところが陽菜らしいと思った。
あっという間に閉会式が終わり、いきなり生徒会メンバーに囲まれた。
会長から、初仕事終了おめでとうと労いの言葉とともに鍵を渡された。
「俺の部屋、いつでも来ていいから。」
アッー
「うそうそ、監督生棟の鍵」
……認められたってことかな
そのあとは実行委員メンバー同士集まった。
男子に肩を組まれ、女子に手を引っ張られる。
みんなで体育祭の終わった喜びの言葉を交わしながらグラウンドを歩いていく。
充実感。今までの苦労がすべて吹き飛ぶような気分だった。