FA日記


〜Interlude〜

夜のこと―――陽菜がお姉ちゃんことかなでさんに用事があるらしい。
特にすることもなかったので、暇つぶしがてら、捜すことにした。

廊下の窓からふと、中庭を眺めると・・・
そこには、如何か?と聞かれれば如何わしい部類に属するであろう怪しげな
かなでさんの姿があったのだ。

かなでさんに近づき、陽菜が捜していたと伝えておく。
どうやら、一緒にドラマ見ようっていうお誘いだったらしい。
『湯けむりバナナケーキ殺人事件』―――
番組スタッフはヤマ○キパンに何の恨みがあるんだろうか。

かなでさんはたいそう、驚いた様子であり、自分の姿に全然気づかなかったらしい。
何か大事な用事があったみたいだ。

どうやら、夜だというのに、木に水をやっていたらしい。
穂坂ケヤキ―――この寮のシンボルマークのような存在でもあった。

とても大きくて立派な木だが、葉っぱが生えていない。
もう春だというのに、元気がなさそうだ。

この木には言い伝えがあるらしい。
『お願い事をすると、なんでも叶う。特に、恋の願い事♪』
別段、かなでさんだけが呪文のように唱えているわけではなく、
寮の中ではポピュラーな願掛けのようだ。

どこの学校にも一つはある、ロマンチックな言い伝えだ。


生徒会で各委員会の活動報告レポートについて会長と意見を交わした。
かなでさん率いる風紀委員会は会長が非の打ちどころがない、
ファンタスティック!

と、会長が絶賛するように、なかなかどうして優秀だった。
あの人のパワーは、いったいどこから沸いてくるのだろう。
朝から晩まで動き回っているように見える。
昨日も、中庭のケヤキに一生懸命水をあげてましたし。

「ツキに・・・?」
自分が何気なくかなでさんの行為について話してみると、
会長は咄嗟にこう呟いたのだった。

いまいちピンとこなかったのだが、
会長が言うには昔はケヤキのことをツキと呼ぶのが一般的だったんだとか。
そう言われてもしっくりこないものはこないのだ。

会長がいかに年を食っているのかを端的にあらわしたエピソードであるといえよう。
ないがしろにされているような気がするが、会長は不老不死の吸血鬼なのである。

実際、今のところ吸血鬼というステータスが特に物語に影響を与えている部分は
ほとんど無い。教会で血を吸っているシーンがトラウマになっているくらいだ。
見事姦計に嵌められて、生粋の変人の集まり、生徒会の一員と相成ったくらいなのだが。

「なぜ悠木姉はケヤキの木に水なんかあげてたのかな?
そんなことをしても無駄なのにな。」

会長によれば樹病に蝕まれている可能性が高いのだそうだ。

仕事の帰り―――
廊下の窓から、中庭を見る。そこには、一人の女子生徒がいた。
夕焼け色に染まるケヤキに寄りかかり、何やらつぶやいている。
姿勢を正し、ケヤキに向かってパンッと拍手を打つ。
やがて満足そうな顔をしてから、どこかへと立ち去って行った。

「くぉらーーっ!」
恋する乙女の聖なる儀式を覗いたと理由で断罪された。

女の子ってホントにそういう話好きですよね、と適当に相槌をうってみる。

「ケヤキの精は、老若男女すべての人々に幸福をもたらすのです
というわけでこーへーも、必要とあらば願掛けしてみるといいよ」
いかにも胡散臭い調子でかなでさんが説法し始めたのだった。

まあ、俺が願掛けするとしてもそういったロマンチック方面に走ることはないだろう。
まあいいや。

かなでさんは今日もケヤキの世話をするらしい。
あまり楽しそうな作業ではなさそうなのに、本人はとても楽しそうにしている。
歴代の寮長たちが大事に世話して守ってきた木、
それを世話することをかなでさんは名誉だと言い切る。

いつも目立つことばかりしてるように見えて、地味な仕事もきちんとこなしているのだ。
それも、前向きに。

いつか、かなでさんの愛情がケヤキに伝わればいいのだが。


夜、大浴場から談話室へ向かう途中―――
ついでに廊下の窓からケヤキの様子を確認するのが癖になってしまっていた。
相変わらず新芽が生える気配はない。
たまたま廊下で陽菜に会って、他愛のない会話を弾ませる。

ケヤキを見つめいていたからか、願い事でもあるの?と尋ねられたが、
流石に自分がケヤキにお願い事をするってのはあり得ない。

一方で、そういう陽菜自身も完全に信じているわけじゃないらしい。
かといって否定するわけでもなく。
神様にお願いしても、どうにもならないことは確かにあるのだ。
万能の願望器はついに存在せず、奇跡も魔法もないんだよ。

穂坂ケヤキの伝説には諸説があるらしいが、陽菜の言う
「鬼に見初められた女の子の魂が、このケヤキに宿って願いを叶えてくれるなんて」
これが一番しっくりくる。絶妙な現実味のなさが却って話を真実たらしめているようだ。
そんなのに見初められたら、実際問題、何かと大変そうだが。

それって、まんま吸血鬼兄妹にキャッシュされている自分の状況じゃないだろうか?
初期の設定をふと忘れてしまいそうになるが、繰り返し思い出していただきたいと、
国民の皆様に心から、心からお願い申し上げます。

陽菜が部屋に戻っていくとき、ふと背中に視線を感じた。
急所を狙う的確さならばニンジャにも引けはとらない、とはよく言ったものだ。
鬼が出るか蛇が出るか、神出鬼没さでいえば、かなでさんも引けは取らない。
一緒にドラマを見ようと誘われた。

『どすこい! 横綱刑事』―――またヘンなドラマだ
正直ぶっちゃけますと、あんまり興味ないんですが

スーツの下に〜まわし〜を〜締めて〜♪
男と〜女の〜猫だまし〜♪

なんですか、そのヘンな歌は

え? こーへー知らないの?

横綱刑事の主題歌、『ちょんまげダンディズム』じゃんっ

知りませんよそんなの

ひゃー!

こーへーって、世の中のこと何も知らないんだねえ

何故だかわからないが、異端者であるかのような扱いだ。
かなでさんは相変わらず、機嫌よさそうに歌い続ける。

土俵と〜いう名の〜テリトリ〜♪


夜、陽菜の鶴の一声でバーベキュー大会をすることに決まった。
何分6月はすることもなく、退屈な月なのだ。
きっと寮生たち全員から拍手喝采されるぜ
俺は、ぽんぽんと陽菜の頭を軽くたたいた。

かなでさんに若夫婦などと茶化された。
わけがわからないよ。


かなでさんと東儀先輩だ。珍しい組み合わせだな。
バーベキュー大会の予算について相談中のようだ。
「なぜ休みのない6月なのか?負担にならないのか?」
東儀先輩が6月に開催する必要性(引いてはイベントそのものに対してかもしれない)を
こう問いただした。

休みが続けば、実家に帰ったり旅行に行ったりする人も多い。
でも、逆のパターンの人も少なくないんだよね
みんながみんな、帰れる場所がある人ばかりじゃないんだなって
それは、とっても悲しいなって。

どくん、と胸が反応する。
それはまるで渡り鳥のような人生を過ごしてきた自分に対して
投げかけられている言葉のように思えてならなかった。

必ずしも寮生全員が悠木のような考えを持っているわけではない。
東儀先輩も学園を大切にする立場から繰り返しかなでさんに詰問する。

それでも、やってみる価値はあると思うんだ
東儀先輩はできる限りのことは進めると了承したのだった。

かなでさんが一人になったところで、そしらぬ顔で尋ねてみた。
ぱあっと顔を輝かせた。

東儀先輩をいかに色仕掛けでノックダウンさせたのか。
大人の色気どころか、普段からちんちくりんが表立っているこの御仁が
そんな事を宣うものだから、思わず噴き出してしまった。

かなでさんと一緒にいると、いつも笑いが絶えない。
それはかなでさんが、人を楽しませたいという気持ちを常に持っているからだ。

この人以上にサービス精神が旺盛な寮長は、他にいないだろう。
……ちょっと、真面目に尊敬した。

いつになく真剣だった。いつもみたいに茶化してる雰囲気はまったくない。


こーへーに、ちょっと大事な用があってさ
ベランダから不法侵入してきた。

見ての通り石狩ラーメンです。
一緒に食べようかなと思って。

大事な用って・・・これ?
俺はおなかすいていない。

国宝級のポテチに続いて、今回は国家機密ものらしい。
近くのストアで428円の国家機密。そういえば物産品フェアやってますよね
実にフェアなイベントだ。不法侵入はフェアじゃないよ。

お湯を注いだら味噌のいい匂いが周囲に漂い。マジで腹減ってきた

かなでさんに勧められるまま、バターとキムチを投入していく。
なんかうまいんですけど

じゃあ、ご褒美お願いしまーす♪

かなでさんは嬉々として、俺に頭を向けた。

頭を撫でてくれ、という解釈でいいのか?

まるで子供のように笑う。
俺より先輩なのに、ぜんぜん先輩っぽくない。


PREV
NEXT
RETURN

inserted by FC2 system