FA日記


〜Interlude;AD〜

日曜日。

やたらいい天気だ。
よし、たまには買い物にでも行くか。

もがっ!
いきなり背後から鼻と口を塞がれた。
なんだ、誘拐か!?

「だ〜れだ?」
明らかにかなでさんなのだが口まで塞がれていて答えられない。

「口と鼻閉じたら答えられないうえに死にますよっ!」

やはりこの人にはかなわない。何をするか予想がつかん。

かなでさんに引きずられるようにして歩いていく。

雑貨屋でクッションをチョイスしてもらった後、
かなでさんが服を見たいというので今まで入る機会なんかなかった
女性服専門店へ。

なんかお洒落な店だな。ちょっと緊張する。

かなでさんが、スカイブルーのワンピースを自分の体に当てて見せる。
非常に大人向けの品な気がする。

「今年の夏までにはナイスバディーになるもん」
俺は、かなでさんの肩に手を置いて首を振った。

これでもし、かなでさんが奇跡的に成長したら……。

うーん。まったく想像できん。

二人で、今のかなでさんに似合う服を探すことにした。


6月3日

服のボタンが取れかけていたのを陽菜が見つけてくれた。
直してくれるというので、自分ではどうにもならず、お願いすることにした。

6月8日。寮主催の、バーベキュー大会が行われる日だ。
バックアップを提案したのは、東儀先輩だった。ただのシスコンじゃなかった。

そんな楽しげなイベント情報を聞いて、会長がスルーするわけもなく。
あらゆる方面から、鉄板や鉄アミやコンクリートブロックなどを調達。

あっという間にバーベキューコーナーを設営し、今に至る。
大変な作業ではあったが、なかなか楽しかった。

実は俺も、バーベキュー大会を楽しみにしていた。
生徒会の仕事は、8日までに前倒しでやればなんとかなるだろう。

美化委員の仕事でお茶会に陽菜が遅れてやってきた。
昼にお願いしたシャツの修繕をもうやってくれたらしい。
その上、ボタン直しだけではなく、選択して乾燥機にもかけてくれたらしい。
気が利きすぎるぞ、陽菜。

かなでさんや副会長のにやにやとした視線。実にウザい。
ここであれこれ言い訳すると逆に疑わしくなるのは目に見えている。

そう、これは安易にボタンを直すようにお願いしてしまい、フラグを立ててしまった、
何が「気が利きすぎるぞ、陽菜。」だ。今となっては自分を呪う他ありはしない。

正に、身から出た錆。気づいた時には既に泥沼の中。
脱出すればしようともがくほど深みに嵌る、底なし沼。
強引に話題を戻すことにした。
自分に残された選択肢は、それほど多くはなかった。


6月8日

バーベキュー大会当日。今日は朝から晴天だった。
買い出しを終え、有志たちがさっそく準備に取り掛かっている。

さわやかな顔で会長が現れた。脇に大きな黒い物体を抱えている。
食後にシナモンをたっぷり振った焼きリンゴを作ろうと思って持ってきたものだとか。

男は肉があればいいけど、女子はいろんなものをちょっとずつが、原則だからさ。
さすが会長、サービス精神旺盛だ。
そのサービス精神により、先日は辛酸を舐めるハメになったのだが。

一方、さっきまでハイテンションで食材を分けていたかなでさんがいない。
当日になって参加人数が増えたからと食材の調達に行っていたらしい。
調達帰りのかなでさんのビニール袋の中には、たくさんの肉、肉、肉。しかも米まで入ってる。
肉食獣か。女捨ててんのか。

言ってくれれば、荷物もちしたのに。
こう見えても力持ちなんだよ?
などと胸を張るが、その小さな手は荷物の重みで真っ赤だ。

「悠木姉、トップに立つ人間は、人を動かしてナンボだよ」
「誰がトップ?」

会長は首脳会談だと称して他愛のない会話の形を崩さないように、
組織経営の何たるかを語っていたのだが、冷やかな顔をした東儀先輩に連れ戻された。

「……火起こしも悪くないが、俺はもっとエレガントな仕事がしたいな」

いおりんってデキる人だけど、地味な仕事嫌いだよねえ
そう思うのは、俺だけではなかったようだ。

そろそろご飯でも炊いちゃおっかな。
そう言って、米袋を抱えようとするかなでさんを制して、俺はひょいっと自分の肩に乗せた。
10キロの米袋なんて、女の人にはかなりの負担だろう。

「簡単に持ち上げるから、ちょっとびっくりした。」
「子供のころのこーへー知ってるから、なんか不思議な感じ」
と、かなでさん言われたものの、先ほどまで米袋に加え肉袋まで抱えていた
様子を目撃していた自分にしてみれば、寧ろそのことに驚きを禁じ得ない。

昔は、確か、わたしよりも背低くなかったっけ?
親戚のお姉さんみたいなことを、かなでさんは言う。

俺もかなでさんと6年振りに再会して、びっくりしましたよ。
あんまり”変わってなかった”から。
かなでさんは昔からチビッ子でした、とは言わないでおいた。

かつてこの島にいた頃のことを思い出す。
俺と陽菜と、かなでさん。
放課後はこの三人で遊ぶことが多かった。

山を探検したり、虫をつかまえたり。
山奥の池に俺が飛び込んで、大人にこっぴどく叱られたこともあったっけ。
率先して無茶な遊びをするかなでさんと、それをたしなめる陽菜。

俺はそんな二人を見るのが好きだった。
こんな楽しい日々がずっと続けばいいと思ったけど、やはり願いはかなわなかった。

―――

「それに、わたしの願いも叶ったことだし」
「……あはは、なんでもない!」


バーベキュー大会が始まり、公園にはかなりの人数が集まっていた。
食欲をそそる匂いが周囲に立ちこめている。

「こっちも焼けたわよ」
炭火の上に並べられた焼き鳥の串を、くるくると回している副会長。
世にも珍しい、副会長with焼き鳥の図。写真でも撮っといたほうがいいだろうか。

一方、会長といえば。
女子たちに囲まれながら、鉄板でステーキを焼いている。実に楽しそうだ。

「支倉君もちゃんと食べてる?手伝いばっかりしてると、あっという間になくなっちゃうわよ」

副会長にそんな風に茶化されたが、それなら心配ご無用……あれ?
さっきまでここで焼いていた肉がない。
隅のほうで、個人的にじっくりと育てていた肉が、ない。

「ごめん!」
かなでさんが手と手を合わせて、深々と頭を下げる。
日本よ、これが肉食獣だ。
「お詫びに、わたしが肉やいてあげるよ。さっきハラミのおいしそうなところ見つけたんだ」
かなでさんはにっこり笑って、網に肉を載せる。

その時、皿を持った陽菜がぱたぱたとやって来た。
「これ、よかったら」
皿には、おにぎりが3つ乗っている。
醤油の香ばしい匂いが立ち上る、焼きたてのおにぎりだ。

「前に、おにぎり食べてもらう約束したでしょ?」
したようなしてないような、したような。どっちだよ。

わざわざありがとな。
陽菜が嬉しそうに笑うので、俺も笑った。
裁縫も料理も上手だなんてすごすぎる。
陽菜は将来、きっといいお嫁さんになるだろう。

「あ、あのさ、ひなちゃん」
「こーへーったら、どーしてもハラミが食べたいんだって」
「だから、ひなちゃんが焼いてあげてくれない?」
「じゃ、あとよりしくね〜」

ひらひらと手を振って、かなでさんは行ってしまった。
なんか今、違和感を覚えた。
その違和感の正体がわからなくて、俺はずっと、かなでさんの行方を目で追っていた。

・・・何が「陽菜は将来、きっといいお嫁さんになるだろう。」だ!
そんな悠長なこと、言ってる場合じゃねえ!
やはり不意に立ててしまったフラグがよくなかったのだろうか。


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