FA日記


6月18日

昼休み。
陽菜が話があるらしい。
みんなの前では話しづらい内容のようだ。

売店に寄ってパンを買いこんでから、公園にやってきた。
やはり、かなでさんの話だ。いや、誰の性だよ。あ、自分だった。
しゃべることはしゃべるけど、朝の挨拶とか、夜の挨拶とか、
それぐらい。本当に最低限の会話だけだ。

陽菜から見ればかなでさんの様子はわりと普通に見えるとのこと。
やはり、俺だけ避けられているのだろう。
あまり認めたくなかったけど、そう認めざるを得ない。
第三者が見ても至極当然の成り行き。
土壇場で、腹違いの兄弟の話とかしてもしょうがないのだ。

心あたりがあるとすれば。
陽菜と二人で中庭にいるところを見られたあの日を境に
俺に対する態度が豹変したように思う(意味深)

かなでさん、やっぱりまだ怒ってるのかな。
かなでさんは何かを根に持つようなタイプじゃない。
性格は多少なりともわかっているつもりだ。
さっぱりとしていて、どちらかというと切り替えの早い性格だ。

じゃあ、なぜ俺と今までみたいに接してくれないんだろう?

「でももしかしたら、わたしにも理由があるのかなって……」
え?
陽菜がふと見せたその横顔からは、真意はくみ取れない。

「……私ね 誰よりも、お姉ちゃんに幸せになってもらいたいの」
「お姉ちゃんの幸せが、私の幸せなの」

かなでさんも陽菜と同じことを言ってた。
陽菜の真摯なまなざしに、姉妹の絆を感じる。

「もし、私のせいでお姉ちゃんが悲しむようなことがあったら……」

陽菜は何もしてないのに、なんでかなでさんが悲しむんだよ。
陽菜は答えに困っているようだった。何か心当たりがあるのだろうか?

夕方、仕事が終わり監督生室から寮へと向かう。
ひとけのない道の前方に、不審な物体を発見する。
茶色のでっぷりとしたそれは、明らかに人間ではない。

……タヌキ?
信楽タヌキが二足歩行している!

タヌキの正体はかなでさんだった。
正確に言うと、バカでかいタヌキの置物を運んでいるかなでさん。
寮のイメージキャラクターにどうかな、と思って運んできたらしい。
いったいどんなイメージなんだ。白鳳寮は。
どうみても居酒屋なそのイメージは施設が20歳以上の成人のためのもので
あることを強調づけるのに一役買ってくれるのかもしれない。
そしてランスロットの正体はいったい何スロットなのだろうか。

よくこんなの、ここまで運んでこられましたね
こんなの運んで転んだら、洒落になんないですよ
かなでさん、ただでさえ小さいんだし

いつもならここで、かなでさんの鋭いツッコミが入るはずだ。
しかし、かなでさんは居心地が悪そうにうつむくだけだ。
まるで張り合いがない。

しばし、無言のまま歩く。
タヌキも空気を呼んで、冗談の一つでも披露してくれればいいのに。

かなでさん、俺のこと避けてません?
単刀直入に、言った。これ以、思い悩むのはうんざりだ。

―――
「避けてない」と言われて、やっぱり避けられていたことを悟った。
だったらいっそのこと、完全に無視されてた方がよかった。
こんな風に、少しずつフェイドアウトされるくらいなら。
無性に悲しくなる。なんでこんなことになったんだろう。

俺、なんかつまんないみたいなんですけど。
『横綱刑事』ですよ。一人で観たって、ぜんぜん盛り上がらないんです。
なんとかしてください。
最早、かなでさんが突っ込んでくれないので自分で突っ込みを入れてみることにする。
自分でもよくわからないことを口走っている。
かなでさんの解説とツッコミがなきゃ、つまんないですよ。
お前今、何言ってんだ、こいつって思っただろ。俺もそう思う。

ふと気づくと、周囲がざわついていた。
みんなだんだん、子供の成長を見守るような目になってきている。

「がんばれ〜」「応援してるぞ〜」
何を?

騒ぎに気付いたのか、いつのまにか陽菜が来ていた。
なんでもない!ほんとに、なんでもないの!
かなでさんは陽菜の腕をつかみ、部屋の中に引き入れた。

……
いったい、なんなんだ?
不完全燃焼の気持ちを抱えたまま、俺はドアを見上げていた。
これは、あかんて。


6月24日

ここ数日ずっと雨が続いている。
梅雨真っ最中なのでしかたないといえばしかたない。

この日のお茶会、
副会長から晴れたら海に行きたくない?と提案があった。
海か。悪くない提案だ。
青い空と青い海のコンボで、きっと気分も上向くことだろう。

7月に入ったらすぐに期末テストだ。
テストが終われば夏休みまであと少し。早いもんだな、と思う。

……。

ここ1週間ほど、かなでさんの姿をみていない。
以前は短時間でも顔を出してくれたのに、それすらもなくなってしまった。

中庭に、かなでさんがいた。ここ1週間ほど見ていなかった割には、
我ながらわかりやすい場所で目撃したものである。
傘も差さずにケヤキを見上げている。こんなところで長々と何をしているんだ?

中庭にはいってきた俺を見て、かなでさんはたいそう驚いた。
髪も肩も濡れている。かなりの時間、ここにいたんじゃないだろうか。

最近雨がずっと続いてたから、ケヤキの様子が気になって見に来ただけ
ごめん……降ってたこと、気づかなかった
苦しい言い訳だった。
そう言って、ふいと目を逸らす。気まずそうな表情。

やっぱり、もう駄目なのかな、と思う。
これ以上しつこくして、かなでさんに嫌われるのはいやだ。

かなり、こたえる。
自分が思っていた以上に、つらいかもしれない。

同時に、ひとつだけわかたことがある。
俺が、どれだけかなでさんとの時間を大切にしていたか。
どれだけ元気づけられていたか。
どれだけ励まされていたか。
そういったすべてのものを、どれだけ愛おしく思っていたか。

かなでさんに、お茶会での海へ行く計画を伝えた。
「俺、忙しくて行けないんですよ」
「だから、俺のぶんまで楽しんできてください」

これは本心だ。俺がいることでかなでさんが遠慮してしまうのは、よくないことだ。
みんなから、かなでさんを遠ざけてしまうことはできない。
いい笑顔がでそう伝えられたと思う。
なのに、なぜかかなでさんは、下唇を噛み締めてうつむいてしまう。

かなでさんははっきりと、「ごめん。」、そう言った。
沈黙が下りる。
いつも明るくて元気なかなでさんのその笑顔を、俺が奪っているのだろうか?
嫌いじゃないのに、避ける理由なんかあるのか?

頼むから、嘘つかないでください
「嘘じゃないっ わたしは、こーへーのことが ……っ」

え……?

かなでさんの顔が真っ赤になる。
そのまま出入り口へと走り出すかなでさん。
俺は条件反射で、逃れていくその腕をつかんだ。
そして、そのまま引き寄せて―――かなでさんを、抱きしめた。
ひとまず謝った。

「だって、こーへーはひなちゃんが」
やはり、原因はここにあったのだ。大いなる誤解である。
陽菜は、俺にとってある意味恩人であり、特別な人だ。
とても大切な友達だ。
その気持ちと、かなでさんに対する気持ちは違う。

「ダメだよ。」そう言い残し俺を拒絶するかのように、勢いよくドアが閉まる。
あとに残されたのは、俺と傘だけ。あの頃の君はもうここいはいない。

「ダメだ」と言われた。
これは、フラれたということか?そういうことだよな。やっぱり。
ため息をつき、しばらくぼんやりとしていた。

出入り口のドアが開いて誰かが入ってくる。
陽菜だった。

笑っているような、泣き出しそうな。なんとも分かりづらい表情だった。
見られていたらしい。

俺は頭を抱えた。恥ずかしすぎる。いろいろなことが。
いや、場所とか状況とか、いろいろとわきまえなかった俺が悪い。

そんなことないよ。
「お姉ちゃんも、孝平くんのこと……好きだよ」
確信を持った口調で、陽菜は言った。

「お姉ちゃんって、その……私がね、孝平くんのこと好きだって思いこんでて
だから、自分が身を引こうとしたんだと思う。」
「談話室に貼り出されてたバーベキューの写真、見た?」
「お姉ちゃん、すごく大事に持ってるんだよ 孝平くんと二人で写ってる写真」
「単に自分が写ってる写真を、写真立てにいれてベッドの下に隠したりしないでしょ?」
ぶっちゃけ、写真立てごとベットの下に隠すなんて人は世界中どこ探してもそうそういないだろうから、
比喩としては成立しているのか判断し難い状況ではあるのだが。
どうしたらいいのかよくわからない。

「子供のころ、病気で入院してたことがあるんだ」
突然そんなことを話し始めた。

「しばらく入院生活が続いて、親がずっとつきっきりで看病してくれてたの」

「私、お姉ちゃんがずっと羨ましかった」
「元気で、自由で、好きなことができるお姉ちゃんが」
「……もっと正直に言うと、憎んでた」

およそ陽菜らしくない単語が出た。
ちょっと、いや、かなり驚く。

「私はその頃、ほとんど学校に行けなかったの」
「だから不公平だと思ってた。私ばっかり不幸だって、そう思って……」
「ある時ね、お姉ちゃんとケンカしたの」
「お互い言いたいことぶつけあった」
「それからかな。わだかまりが消えたのは」
「なんでも言い合える、友達みたいな姉妹になれたんだ」
「……でも」
「仲はいいけど、なんでも言い合えるっていうのは違ったみたい」
「今、そう思った」
「あのケンカ以来、お姉ちゃんずっと私に遠慮し続けてきたんだよ」
「病気がちだった私に遠慮して、いろんなこと我慢して」
「……好きな人まで、譲ろうとして」
「私、お姉ちゃんにひどいことしてきた」
「お姉ちゃんにいろんなこと我慢させたり、諦めさせたりしてきたんだよ」
「……そういうこと、ぜんぜんわかろうとしなかった」

俺は、陽菜になんて声をかけていいのかわからなかった。
でも、少なくとも「ぜんぜんわかろうとしなかった」っていうのは違うと思う。

陽菜が『私のせい』って思っちゃうのは、かなでさんの本意じゃないと思うぞ
陽菜がそんなこと思ってるなんて知ったら、たぶんかなでさん悲しむと思う

陽菜は、かなでさんにいろんなこと我慢してほしくない。
……でもかなでさんは、自分が我慢することで陽菜が幸せになると思ってる。
それじゃ、わだかまりが消えたとは言えない。

私たち、まだちゃんと仲直りしてないんだよね、きっと。
だから……ちゃんと話さなきゃダメだよね

陽菜がかなでさんのところに行ってから、かれこれ一時間が経つ。
何をしても落ち着かない。

もしかなでさんが、好きでもなんでもなかったら?
本当のことを知ったとき、ショックをうけるのが怖い。

俺は、後悔しているのだろうか。かなでさんに告白したことを。
……いや。後悔なんかしていない。
たとえ、この気持ちが報われなかったとしても。

ベランダから不審な物音がした。

何やってるんですか。
非常用はしごにしがみついているかなでさん。
そんなかなでさんを、半ば強引に下へ追いやろうとしている陽菜。
話したいことがあるらしい。

ここで立ち話というのもなんだ。かなでさんを部屋に通し、テーブルを挟んで座る。
話ってなんだろう。聞いてみたい気持ちと、聞きたくない気持ち。

何十秒か、何分か、何十分か。
会話のない時間が続く。

だんだん胃が痛くなってきた。
もう、これ以上の沈黙は耐えられそうもない。

「あの」「こーへー」
口火を切ったのは同時だった。
俺は驚いて、かなでさんを見やる。

「わ、わたしと」
「わたしと……」

はい?

「わたしと、付き合ってください!」

……。
………。
えんだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

驚きすぎて、嬉しさがまだ気持ちに追い付いていない。
だけど、なんで俺、かなでさんに告白されてるんだ?
俺……さっき、かなでさんに言いませんでしたっけ?
好きだって

大きな瞳が、俺をまっすぐに見つめている。
目をそらさずに、俺だけを見てくれている。

……よかった。これから毎日、かなでさんと一緒にいられるんだ。
以前みたいに、一緒に笑うことができるんだ。
その事実が何よりもうれしい。
俺の方こそ、よろしくお願いします。

あ!!
今日、何曜日だっけ?
火曜日ですけど
うああ、『横綱刑事』の日だよっ
危ない危ない、すっかり忘れるところだった
スーツの下に〜まわし〜を〜締めて〜♪
男と〜女の〜猫だまし〜♪


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