FA日記


6月25日

誰かの誕生日でもないのにホールケーキが準備されておまけにろうそくが刺さっている。
クラッカーが乱れ飛び、カメラのフラッシュがばしばしと光る。
……どうやらみんな、俺とかなでさんのことを祝っているらしい。

ある程度の反応は覚悟していたが、ここまで華々しく祝われるとは。
……恥ずかしい。やっぱ恥ずかしすぎるぞ、この状況。

お茶会のメンバーが気を利かせてくれて俺とかなでさんを残して部屋に二人きりになった。
だけれど、かなでさんは自分の仕事を疎かにする人じゃない。だから俺も引き留めない。
例え、もうちょっと一緒にいたいと思っても。

「こーへーは、わたしのことわかってるんだなーと思って」
そりゃそうですよ。ずっと見てたんですから。
ただの惚気話。


7月7日

期末テストが終わる。
試験疲れの体を休める暇もなく、次から次へと舞い込む仕事。
文化祭まであと二ヶ月。

今日は世間一般で言うところの七夕(というイベントがある日)だが
「君は愛よりも仕事を取る男なんだな」
などと、会長から謂れのない無能の誹りを受けることになる。
誕生日やクリスマスならともかく。
七夕って、そんなにビッグなイベントでもないだろう。

「まあ、頑張って早く仕事を終わらせたまえ」
「でないと、彼女に愛想尽かされちゃうかもしれないから」
そう。問題はそこだ。

ここしばらく試験や生徒会の仕事で忙しかった俺。
加えて、かなでさんも寮長と風紀委員の仕事で多忙を極めている。
おまけに向こうは受験生だ。
せっかく付き合い始めたのに、ろくに顔を合わす間もないまま今に至る。

談話室のドアを開けると、かなでさんの元気な声に出迎えられた。
毎日電話で話しているのに、ものすごく久しぶりなように感じる。
そこには、かなでさんの背丈の二倍はあると思われる笹があった。
葉っぱのあちこちに、色とりどりの短冊が飾られている。

「一年に一度の大イベントじゃない!」
みんな祝うしかないじゃない!

ああ、そういえば。
1週間ほど前から、大量の短冊がこの部屋に置いてあった気がする。
あれはかなでさんが用意したものだったのか。

笹はかなでさんが裏山から持ってきたらしい。
どうしてこの人は、なんでも自分一人でやってしまうのだろう。
もう少し頼ってくれてもいいのに。いや、俺自身が頼りないのか?

「これからは、俺にもかなでさんの仕事を手伝わせてください」
俺は、かなでさんの手を取った。小さな手。華奢だけど、働き者の手だ。
お互い、助け合える関係。支えあう間柄。そうなれたらいいと思う。

……七夕か。今日の天の川は、さぞかし美しいことだろう。
ギップルの一匹や二匹飛んできそうなセリフだ。

中庭に人影があった。会長だ。
薄暗い中庭で一人、ケヤキを見上げている。
楽観視できる状況でないことは確かだと言う。

樹木医さんに来週診てもらえることになった。
その時に、結論が出る。

ケヤキの病気が治るのか、そうでないのか。
……もし、そうでなかったら、このケヤキはどうなるんだろう。


7月13日

海水浴日和となった今日、お茶会メンバーたちは海に来ていた。
日曜日なので、ビーチはそこそこ賑わっていた。

沖に向かって雄叫びをあげている悠木かなで。謎の行動だ。
やはり既に捨てていたか、「女」。
きっと、今日という日をめちゃくちゃ楽しみにしていたのだろう。
昨日はあまり寝ていないに違いない。充血した眼が何よりの証拠だ。
小学生か、あんたは。

水着姿の女子が四人。なかなか贅沢なシチュエーションではないだろうか。
副会長は非の打ち所がないスタイルだ。
陽菜も副会長ほどグラマラスではないが、すらりと均整の取れたスタイルだ。

対する、白ちゃん&かなでさんは……。
「つまり、お子様だって言いたいのかな?」
やばい、怒ってる。別の話題にシフトしなければ。

「ビーチバレーやりましょう、ビーチバレー」
あっさり食いついてきた。

……確かに、小柄で幼い身体つきではあるけれど。
決して色気がないわけではなくて。
髪をかきあげるしぐさや、ちらりと見える胸の谷間。
白いうなじなんかに、どうしても目を吸い寄せられてしまう。
一体、何を言っているんだ。

日が傾き、海が夕焼け色に染まる頃。
俺たちは海浜公園のカフェでお茶をすることにした。
かなでさんは日焼け止めを塗り忘れたらしく、全身真っ赤だ。

「またみんなで来られるかな?」
夕日を見つめながら、しみじみとかなでさんは言う。
「でも、たまには二人で遊びに来てもいいんじゃないですか?」
みんなの視線が、俺とかなでさんに集まった。

「デートとか、しないの?」
真顔で聞かれた。
もちろん、したいに決まってる。だが、なかなか時間が取れないというこの現実。
かなでさんは俺に輪をかけて忙しい身だ。

今日だって、たまたま二人の予定が合ったから出かけることができたのだ。
だけど…


7月16日

夜。
談話室では、たまにチャンネル権を巡る言い争いが起こる。
……しかしすごいな、かなでさん。

寮長杯争奪☆廊下ぴかぴかリレー大会!
わけがわからないよ。

かなりの力技だが、無事に争いごとが収束してしまった。
両者納得した上に、廊下がきれいになるというオマケつき。

「あ、そうだ。協力してくれたお礼しなきゃね」
よくわからないうちにスターターという重要な役割を任されていたんだった。
わけがわからないよ。

深い眠りの中で、誰かの気配を感じた。
目を開けなくても、誰かがすぐそばにいるのがわかる。
温かい気配だ。そこにいるだけで、心が凪いでいくような。
誰?
俺の髪を撫で、頬にキスをするのは―――
わけがわからないよ。


7月17日

放課後、いつものように監督生室にやってきた。
20ページはありそうな書類を渡された。
頭がくらくらする。

今日はやけに静かだ。と思ったら、俺と副会長しかいない。
白はシスター天池のお手伝い
会長と東儀先輩は穂坂ケヤキを見に行っている。
樹木医の先生が来ているらしい。
そういえば会長が、今週診てもらうと言ってたような。

あのケヤキ大丈夫なのかな?
「大丈夫じゃないと思うわよ」
「もう生命力が感じられないもの。生きようとしてないのよ、あの木」
あまり良い結果は期待できないのかもしれない。

日に日に仕事量が増えているような。夏休みもこんな感じなのだろうか。
忙しいのは構わないが、かなでさんと会えなくなるのは正直つらい。
とはいっても、俺以上にあの人の方が忙しいわけで。

まあ、しかたない。
自分の責任を全うする人だからこそ、好きになった。

俺を優先して仕事をサボるような人だったら、たぶん今みたいな関係になっていない。
だから俺も、自分の仕事を頑張ろうと思えるのだ。

部屋に帰る前に、中庭へと足を向ける。
そこには見慣れた人影が。かなでさんだった。
今日、樹木医の先生が来て、ケヤキの木を診察したことを伝えた。
かなでさんの顔が、にわかに輝いた。
かなでさんは一歩踏み出し、ケヤキに触れた。
愛おしむような、温かい目だ。

「この子に何かあったら、寮生のみんなが悲しむもんね」
「絶対元気になってもらわなくちゃ」
自分に言い聞かせるようにつぶやく。

植物は、愛情を注げば注ぐだけ応えてくれるというけど。
かなでさんの愛情は、この木にちゃんと届いているのだろうか。

かなでさんが寮長になった理由―――
正直、寮長という仕事は、みんなが進んでやりたがるような類のものではない。
「憧れてたからだよ。寮長の仕事に。」

予想外の答えが返ってきた。
素敵な先輩の存在。
体が弱くて学院を休みがちだった。
でも学院が大好きで、寮のみんなが大好きで、
このケヤキを、誰よりも大切にしてた。

当時は葉っぱもついていた。でもぜんぜん元気がなくて、先輩も困っていた。
それから、かなでさんは一緒に世話をするようになったらしい。
大好きだった先輩の代わりに、この寮とケヤキを守りたかった。
寮で生活する、みんなのためにも。

誰に頼まれたわけでもなく、押しつけられたわけでもなく。
かなでさんはかなでさんの意思で、この役割を志願したのだ。

歴代の寮長みんなの願いが、この子にこめられてるから


7月18日

終業式が終わり、明日からいよいよ夏休みだ。クラスメイトたちの顔は皆明るい。
遊びや旅行の計画に、心躍らせていることだろう。
俺にはあまり縁のない話だ。

この夏休みは、6年生にとって一番大事な時。
進学を志す者は、うかうかと遊んでる場合じゃない。

陽菜は女の子たちと、遊園地に行こうっていう話があるらしいが。
そんな俺に気を遣ってか、お誘いを受けた。
その暁には、美化委員のすごくエクストラファンシーなユニフォームで女装と相成ることだろう。
通報ものだろう。

出入り口の方を見ると、会長が手を振っていた。
俺のクラスに来るなんて、珍しいこともあるものだ。ンアッー

用件は一つ。今日監督生室に来るときにかなでさんを連れてくること。
会長は真面目な顔をしてちょっと話があるんだ、と言った。
もしかして、もしかしなくてもあのケヤキのことだろう。

放課後。
会長は笑顔で俺たちを出迎えた。
悠木姉に、穂坂ケヤキのことで話があったんだ
あれね、切ることになったよ
思った通り、樹病を患っていてね
もう手の施しようがないところまできてるんだってさ
淡々と会長は話す。
かなでさんの肩が、唇が、震えている。

このまま放置すると木が倒れる危険性があるから、早めに切った方がいい。
いや、切らざるを得ない。寮生たちの安全のためにもね

会長の言ってることは、たぶん正しい。いや、全面的に正しい。
当然の選択だ。だけど―――

あのケヤキを元気にすることがかなでさんの願いだった。
寮長になる前から、ずっと。

「それでも、切ってほしくない」
「切らないでほしい」
大切なのは、寮生たちの気持ち。
あのケヤキに思いを託してきた、みんなの気持ちだ。

「少し、時間をくれないかな」
「できる限りのことをするために」
「お願い、もう少しだけ待ってください」
……会長、俺からもお願いします。

なんとか猶予を貰うことができた。
先のことはどうなるかわからないけど。
俺たちには、きっとやれることがあるはずだ。
だって、あのケヤキは願いの叶う木だから。きっと―――


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